正直になれない、

雑記メイン、トキドキ読書録

共感しやすい時代だからこそ

さっき日記を書いてて思ったのですが、公開日記って自己顕示欲が凝縮されたツールです。

だって、考えて見てくださいよ。有名人でもない人が日記を投稿して誰が見たいんですか。日記の有用性って一部の人が分析に使うくらいじゃないですか(どうだろうね)。

でもね、そういった生産性がなくて、どうでもいいものでも、誰かが共感したくて見にくるものなんです。


例えばね、電車でドアの両側を塞いで迷惑な乗客が居たとしましょう。その乗客に迷惑被った人はツイッターで検索をかけるんですよ。同じように思っている人がいないかね。

そうして、出てくるのが、

「電車乗ってたら邪魔な奴おる、一回出てよ迷惑だから」

「あれってなんのためにやっているの、自己中も甚だしい」

なんていう呟き。

 

他にも図書館なんかでカップルがいちゃついてることに腹を立て検索すると、

「目線に入ってくんなよ、ここは勉強するところだぞ」

「キスすんな! ラブホでやれ!」

みたいなツイートが出てくる出てくる。

 

こういったように、自分が「共感したい」と思ったことをどこかに求めるんです。
こういった行動は別にツイッターだけに留まりません。私が書いている日記にも同じことが言えます。しかも、ツイッターよりも日記の方が分量も多く、さらには内容が濃いことが多いんです。内容が濃ければそれだけ共感した時に快感も上がりますからいいですね。

同じ大学生でバイトも同じようなことをしていて、歳も近くて、境遇も同じような人を見つけて嬉しくなってね。

で、その人にパートナーが居たりしてしてね。今までの共感が全部憎悪に変わりなんかしてね。

 
(だから)生産性がないと言われようと好きに書けばいいんです。好きなように。

 

さ、これで日記を心置きなく書ける。

 

 

p.s.さっき投稿したのは日記じゃない。ありゃポエムだ。