正直になれなかった大学生

現ブログのゴミ箱&日記用ブログ

共感しやすい時代だからこそ

さっき日記を書いてて思ったのですが、公開日記って自己顕示欲が凝縮されたツールです。

だって、考えて見てくださいよ。有名人でもない人が日記を投稿して誰が見たいんですか。日記の有用性って一部の人が分析に使うくらいじゃないですか(どうだろうね)。

でもね、そういった生産性がなくて、どうでもいいものでも、誰かが共感したくて見にくるものなんです。


例えばね、電車でドアの両側を塞いで迷惑な乗客が居たとしましょう。その乗客に迷惑被った人はツイッターで検索をかけるんですよ。同じように思っている人がいないかね。

そうして、出てくるのが、

「電車乗ってたら邪魔な奴おる、一回出てよ迷惑だから」

「あれってなんのためにやっているの、自己中も甚だしい」

なんていう呟き。

 

他にも図書館なんかでカップルがいちゃついてることに腹を立て検索すると、

「目線に入ってくんなよ、ここは勉強するところだぞ」

「キスすんな! ラブホでやれ!」

みたいなツイートが出てくる出てくる。

 

こういったように、自分が「共感したい」と思ったことをどこかに求めるんです。
こういった行動は別にツイッターだけに留まりません。私が書いている日記にも同じことが言えます。しかも、ツイッターよりも日記の方が分量も多く、さらには内容が濃いことが多いんです。内容が濃ければそれだけ共感した時に快感も上がりますからいいですね。

同じ大学生でバイトも同じようなことをしていて、歳も近くて、境遇も同じような人を見つけて嬉しくなってね。

で、その人にパートナーが居たりしてしてね。今までの共感が全部憎悪に変わりなんかしてね。

 
(だから)生産性がないと言われようと好きに書けばいいんです。好きなように。

 

さ、これで日記を心置きなく書ける。

 

 

p.s.さっき投稿したのは日記じゃない。ありゃポエムだ。

全てが終わり…


卒論が終わり、卒業を残すだけになった。

あれだけ苦しんでいた卒論も終われば早いもの。
大きい課題がなくなった後の喪失感は大きい。

今、やることがあまりなくなってしまい、逆に疲れてしまっている。
燃え尽き症候群なんて言葉頭をかすめた。燃え尽き症候群なんて言葉なんて聞いたのはいつ以来だろうか。

 

さて、この先あと2ヶ月程度しか学生でいられないのは少しもの悲しいがやれることはやらなければならない。正直「やるべきこと」なんて作り出さなければ、一日中ゲームでもやって過ごせるのだけれど、それじゃ何かもったいない。
習い事始めるには少し時間が足りない気もするけど、今通っているジムを続けながら何か考えよう。デザインとかもいいかな。

 

世間の卒業を間近にした大学生は何を考えているのだろうか。

今年の膿、学生の膿、平成の膿

毎年一度やってくる新年の直前。
あなたはどう過ごしていますか。
 
いつもはどう過ごすのかなんて気にしないで、自由気ままに新年を迎えていました。
けど、今年はなんだかモヤモヤしたまま今日を過ごしています。
 
それは大学生活を振り返って色々思うからです。
 
 
 
「大学生は意識して生活しないと、あっという間に時が過ぎていきますよ」
これは、大学生活が始まって最初のセミナーの先生が私たち1年生に向かって言い放った言葉です。
 
ですが、私の大学生活はとにかく自堕落でした。
大学に慣れるという言い訳をしながら、ただ流されるままに生きていました。
 
友達はとりあえず、近場の人となって積極的に絡むことはせず、サークルも先輩たちが積極的に話しかけてくる場所に留まっていました。要は廃サー寸前のサークルに。そして、そのままあっという間に1年が過ぎていきました。
 
2年になっても同様でほとんど1年と変わらない生活を送っていました。
私にとって大学は「レジャーランド」とすら呼べないほど退屈なものに。
 
1年の時にセミナーの先生に言われた一言が身にしみています。
 
 
 
3年になるとゼミに入り、少しだけ状況が好転していきました。日々の課題や最終目標である論文という明確な課題が目の前に見えてきたからだと思っています。
ですが、やはり根っからの自堕落な私が顔を出して邪魔をしていました。
 
4年になり、卒論が目に見えてきました。
やることや手順は3年の時と同じでしたが、もっとがんばりたいという思いが3年のときは意欲を異にしていました。
 
ですが、ふと振り返る時に悲しくなるんです。大学生活ってこれでいいんだっけ、と。確かに大学生活は人それぞれ違い、それぞれがそれぞれの目標に向かっていけばいい、勉強だけでもしっかりやったならいいじゃないか、と言う人がいる。
でも、私の心の奥底では「友達と合宿」「彼女と温泉デート」「クリスマスパーティ」など大学生活のテンプレが私の頭をよぎってしまうのです。
 
 
今年の終わりは、いつもどおりの年末ではありません。来年からは大学を卒業して社会人です。加えて、年号が変わる時代の節目です。
こんな区切りの年だと気づくと、途端にこれまでの生活を振り返って悲しくなるのです。来年の豊富など書く気も起こりません。
自分で期限を設け、目標に向かって意欲的に取り組むような姿勢を取れなかった自分の責任を重く受け止めています。

 

 
久しぶりに何か記事を書こうと思ったら上のような暗い内容しか出てこなくて、さらに悲しくなりました笑
でも、自己顕示欲が抑えられなくてそのまま載せてしました汗
 
 
さて、今年はブログをはてなブログからワードプレスに移行し(移行とは言えないけど)、ネット検索でのヒット率を上げようと思っていました。
ですが結局その後、新しい記事をあげることはありませんでした。
前のブログの方が検索で引っかかってしまうありさまです汗
 
何か書きたいとは思っても意欲が出てこないというか、書いていても面白くないというか、ブログの改造がめんどくさいというか…。そう! めんどくさい!
 
なぜ、はてなブログからワードプレスに移行したんだろう。検索に引っかかりやすいという言葉にまんまと乗せられてしまった。
「みんなに見てもらいたい」という思いが強く、やっぱり人一倍、承認欲求が強いんだろうな〜と思います。現実で満たされないから。
 
ひとまず卒論が終わり次第、週に一冊本の書評を書き上げていた昔を思い出して来年は頑張って行きたい。そう思う所存です。
でないと、何のためにワードプレスにしたんだか苦笑
 
 
てなわけで、来年もよいお年を!
あと、数時間だけど!

ブログ移転の件について

唐突なタイトルですが…

 

ブログ移転できませんでした汗

移転しようとしたんですけどURLやらなんやらの仕組みがよく分りませんでした(ほんとひどい)。

 

そのため、移転ということではなく、新たにブログをワードプレスで作り、こちらを旧ブログとして残すことにしました。

なので、こちらでの更新はなくなります。よろしくお願い致します。

 

新ブログ

tyatu.net

 

はてなブログをやめた理由

はてなブログの良いところって「はてなスター」ですよね。読んだら読んだことを知らせることができるし、それをきっかけにコミュニケーションが生まれるとおもいます。はてなブログってそのような繋がりができる面が良い部分ですよね。

 

ただ、私ははてなブログを始めた当初から言っていましたが、「はてなスターを押されたら押した側に返しにいかなければいけない、また逆に、はてなスターを押したら返しにいかねばならない」といった強迫観念みたいのを感じており、なんだか疲れることが多かったです。だったらはてなスター機能消せばいいじゃんという声が聞こえてきそうですが、あるものは使いたくなっちゃうもんです。「もったいない」ですから苦笑

 

で、そのような考えがずっとあって辞めるに至りました。あとはカスタマイズが自由とかいった理由もあります。

でも、やっぱ一番の理由は、コミュニケーションツールとしての「はてなブログ」に私があまり馴染めなかった点が強いです。

 

なぜワードプレスに?

はてなブログproにして2ヶ月ぐらい動かしていたのですが、フッター消せたり、スマホデザインいじれたり、広告消せたり、いろいろ楽しかったのですが、いかんせんproの料金が高いのなんの。いくらだっけ? 1年更新でも700円? うーん、だったら自分でサーバー借りようかなと。私はロリポップにしましたが、月あたり600円で安かった。もう一つ言えば、「自分のブログ」ってかっこいいなという気持ちもありました。

で、なぜワードプレスになったかというと、純粋にワードプレスを授業で少しいじっていたからです(対した理由じゃなくてすみませんw)。wixも使ったことがあるのですが、若干制限があったような気がしたので避けました。あと動画広告がうざかった。

 

結局……

はてなブログはてなスターの鬱陶しさが気になっており、自分のサイトってかっこいいというなんとも薄い理由からワードプレスへの移動となったわけです。

いままでブログにスターをつけてくれた皆様、読者になってくれた皆様、本当にありがとうございます。はてなブログは放置してもワードプレスで記事は書き続けていくので気になった時にでも覗いてくれればありがたいなとおもいます。

 

はてなブログでは気になっているブログも多いので、ブックマークしとかなきゃ!

ドラゴンクエストⅥの「不安」感

1995年 (ちくま新書) 速水健朗 (著)

 

 1995年は戦後から現在に続く上での転換点である。

 

 私にとって1995年といえば…と言いたいところだが残念ながら生まれていない。ただ、私が好きな「ドラゴンクエスト」からならば少し語れるだろう。1995年といえば、『ドラゴンクエストⅥ』が発売された年である。この年は、セガターンやプレイステーション、さらにはその翌年に発売されるNintendo64などによるゲームの革新期であった。そんな中、SFCは下火であったが、その中で『ドラクエⅥ』の話題性は間違いなくあった。プレイすると分かるのだが、今までの他のドラクエとは少し違った様相を呈している。物語は主人公たちが倒すべき魔王との決戦直前から描かかれ、その後、主人公が悪夢から冷めたところからゲームはスタートする。フィールドに出ると「ふわふわ」としか表現できないようなBGMに不安感を覚える。物語を進めると、悲しいエピソードの数々、夢の世界と現実の世界を行き来することによるプレイヤーの混乱、オウムを匂わせるようなしあわせの国、そして物語終盤に登場するはざまの世界、その一つ一つが今までにない暗さや不安を演出していた。このゲームのテーマは「発見」であったが、この時代の日本における「自分探し」ともリンクしていたし、それはまさに1995年そのものの社会観を感じさせる。戦後から節目のこの年…というだけではなく、立て続けに起こる事件、経済不況の自覚、携帯電話やインターネットの普及、そして、いわゆる「大きな物語」の消失による不安感が顕著に出た年に見える。

 

 本書は、1995年に起こった様々な出来事を、政治、経済、国際情勢、テクノロジー、消費・文化、事件・メディア、といった視点から確認していくものである。著者は前書きで「最低限、懐古趣味を満足させるものできるのでは」と述べているように1995年をタイムリーに過ごした人にとってはとても読みやすく、過去を振り返ることができるような本になっているのではないだろうか。しかし、1995年代には、アニメでいうなら「エヴァンゲリオン」、事件でいうなら「オウムサリン事件」、災害で言うなら「阪神淡路大震災」など、歴史的出来事の重大性を見逃せない。何かを分析をしようとする際にも度々この年代の出来事について触れる本や文献も多い。文系の学生としては読んでおいて損はない、いや読んでおくべき「1995年史」だ。


印象に残った言葉

「日本人は歴史に学ぶことが苦手である。そして何事も忘れやすい。いまの時代でもオウム事件的なものは十分起こり得るだろう」

 

1995年 (ちくま新書)

1995年 (ちくま新書)

 

キャッチアップからゆとりへ、本当にゆとり路線で大丈夫か

アクティブラーニング 学校教育の理想と現実 (講談社現代新書) 小針 誠 (著)

 

 1970年代からの学力指導要項の度重なる改訂は検討されてきたのだろうか。

 

 学習指導要項によって打ち出された主体的な学びを軸とする改革は見事に失敗の連続だったと言われる。新しい用語として「アクティブ・ラーニング」(現在は「主体的・対話的で深い学び」)を謳い始め、あたかもそれが現場の教育状況を改善してくれる万能のものだという様に提示しているが、実際のところ、それは幻想ではないのかという疑問を著者は投げかける。

 

 戦後からのキャッチアップ型教育は「負の遺産」を生み出し、政府はそれに対応するため1997年の学習指導要項の改正で「ゆとりと充実」を目指し学習内容を削減、1989年にはゆとりある生活を過ごし、主体的に学ぶ意欲を身につけてもらうことを目指した。小学校では、社会と理科を廃止し生活科を創設。その後の1999年には総合的な学習の追加と完全週五日制による授業数の削減。個性重視のゆとり路線が進んだ。しかし、「ゆとり」による「総合的な時間」と教科授業の大幅な削減によって学力の低下が進んだ。2003年にはPISAショックが起こり、加えて総合的な時間に関する教師からの反発も少なくなかった。このようなことから2008年に「生きる力」は継承しつつも「確かな学力」へ方針を転化する。つまり、知識・技能を修得する基礎学力の充実とともに、志向力・判断力・表現力などを含む自らが学ぶ意欲の両立だった。そして、現在の「アクティブ・ラーニング」による主体的に学び考える力を養おうとしているのが現在の教育改革の方針だ。
 著者はこれら一連の学習指導要項改訂が分析や検討をされずに、場当たり的なものであると批判的だ。そして、その主張を著者の前著や苅谷の文献から学力低下を根拠にしていることがよく分かる。例えば、「『お店屋さんごっこ』の悲劇」と題した節では、かなり具体的な例を出して新しい学力についていけない、いわば「教育格差」の問題を挙げている。引用されている苅谷の主張の要旨は受験地獄から短絡的に「ゆとり教育」へ移り、その結果、親や社会の階層差が反映されてしまう現状をしっかり検討するべきだということ。一方、それを踏襲する著者の主張も短絡的「ゆとり」路線を進み革新的な「アクティブ・ラーニング」という言葉で幻惑しているのではないかと提示しているのである。

 

アクティブラーニング 学校教育の理想と現実 (講談社現代新書)

アクティブラーニング 学校教育の理想と現実 (講談社現代新書)

 

血は吹き出し、人は死に。シンデレラは姉たちを憐れまない

童話ってホントは残酷―グリム童話から日本昔話まで38話 (二見文庫―二見WAi WAi文庫) 三浦 佑之 (監修)

 

 童話はなぜ今の形になったのだろうか。

 

 本書は知られざる童話をまとめたものだ。例えば、ディズニーで有名な『シンデレラ』の物語では、意地悪な姉たちはガラスの靴を履くために足の指を切り落とし、かかとを切り落とし、シンデレラの結婚式場では少しでも幸運にあやかろうとして参列するもカラスに目玉をくり抜かれてしまう。こういった普段目にしない日本昔話からグリム童話が全38種類紹介されている。
 さて、なぜこういった話が表に出なくなっていったのか。それは物語が各地に広がっていったからではないだろうか。もともとは小さな集落や町などで禁戒や教訓として広まっていたことも多い。だが次第に、その特定の地域や集落で共有していた物語に政府や教育者などの団体や人物が関わってくるようになって様々な意見が混じってくる。そのような次第で童話は無難な方向へ改革されていったのではないか。日本昔話であれば、地域によって若干話の内容が違っていることも多々あるというが、このような話が共通の子供の絵本として、教育として使用される際には問題視される。それは現代でも考えれば分かることだ。本書で紹介される村八分を恐れるあまり自分の息子のお腹を搔っ捌く父親を描く『赤いまんま』、夏の間に遊び惚けていたキリギリスにアリが皮肉を言い放ち救いの手も差し出さない『アリとキリギリス』などを教材として使用したならば、批判の的になること間違いなしである。 また、これを現代で考えてみると、SNSで炎上する問題と似ている。身内でやればいいものをわざわざ大衆の目に曝すことによって発信者とその仲間たちは批判の的とされる。だからSNSの公的な場と考え過激な投稿は慎む。翻って童話も同じような現象である。身内の人々、集落で話されていた物語が大衆の目にされされる(共通の絵本や教材にされる)ことによって無難な絵本へと変わっていったのだと私は考える。

 

 以上、なぜ残酷な童話は人々に知られなくなっていったのかを少し考えてしまった。それは本書で紹介される童話があまりにも衝撃的だったからだ。いつの日か親に読んでもらった、またディズニーで見た物語が「実は…」といった物語がたくさん詰まっている。大人になった今「本当の」童話を読んでくらくらした。だが、同時にしっくりきた。それは残酷な描写や残酷な物語により教訓や世に対する皮肉に強烈な現実感があるからである。

 

読後の一言

「不思議なことに、いつも読んでいた童話よりも印象に残るんだよね」

 

 

童話ってホントは残酷 (二見レインボー文庫)

童話ってホントは残酷 (二見レインボー文庫)