正直になれない大学生ブログ

趣味、鬱憤、等々つらつら書いていく。そんなブログ。

書体はメッセージである。

本を読む人のための書体入門 (星海社新書) 正木 香子 (著)

 

 少し前に、密かに活版印刷ブームが起こり、先日には、日本人だけが読めないフォントで盛り上がりをみせた。

 現代は、書体に関して、人々が興味を持ち始めている時代なのかもしれない。

 

 『本を読む人のための書体入門』は、著者の正木香子さんが、書体に関して、読者一人一人がぼんやり感じていることを、独自の考えや視点から言葉に表してくれた本である。書体のハウツー本ではない。注意しよう。

 

目次

第1章 文字の名前を知らなくても

第2章 誰もが自分の書体を持っている

第3章 おいしい文字がある暮らし

 

文字を読むことと、書くことは表裏一体?

 「メディアはメッセージである」という言葉で有名な文明批評家のマーシャル・マクルーハンは、

伝えられる情報の内容とは関係なく、どんなメディアで情報が発信されるかということそれ自体にある種のメッセージが既に含まれていて、個人や社会に心理的な影響を及ぼしている(略)テレビによって視覚がひろがり、電話によって無限の聴覚を手に入れたように、すべてのメディアは人間の身体機能の拡張から生みだされたものであり、私たちはその特性を理解して情報と向き合うべき

だと主張した。

 これに対し、著者は、書体にも「読み心地」という身体的感覚の広がりを感じることができるのではにはないかという。

 文字に宿る身体性-線の動きやスピード、筆圧といった複数の要因によって書体が生まれ、同じ文字でも違う印象を与える。その結果、読者は言葉に対して、実際には存在しないはずの味わいや温度、手触りを感じる。

 どうしてそんなことが起きるかというと,私たちが文字を「なぞって」いるからです。
 手でなぞる代わりに、目をつかってなぞっている。私たちは文字を読みながら、実は「書く」ことを仮想体験しているのです。

 その書体でかかれた言葉を目にするとき、文字に備わっている本来の動き(運動)を読み手が理解していれば、言葉はより正確な像を結ぶことができる。

 運転に慣れた車のハンドルやブレーキのように、自分の身体の一部が拡張した存在になっていく。

 書体に注意深くなることは、今まで気づいていなかった自分自身の身体感覚に気づくということでもあります。

 言葉に変わることで、初めて、文字は運動を始める。

 その運動に身を委ねることも、読書の楽しみ。そう私は提案してみたいのです。

 絶対に一生かけないような美しい文字が、読書という運動では思いのまま。自分の身体の一部になるのですから。

 メディアは人間の身体機能を拡張したものだという主張を、書体に当てはめ、書体によって「読み心地」という身体的な感覚が異なるという展開にはすごく納得できた。

 「メディアはメッセージである」はよく聞くが、書体は飾り…印象が少し変わるぐらいのイメージしかなかったため、「書体もメッセージである」という意見にはひどく感嘆した。

 

 著者は、あとがきで「書体という地味なテーマ」と述べていたが、書体は、地味だけれども読書をする上では欠かせないものである。

 デジタル化が進む昨今にもう一度書体を考えてみるのもいいかもしれない。

 

印象に残った言葉

 「書体を選び、伝えるということは、他人とは違う感性を見せびらかすようなものではなくて、共感との出会いをつくること。」

 

今週読んだ本
  • 「かわいい」論 (ちくま新書) 四方田 犬彦 (著) – 2006/1
  • 伝える力 (PHPビジネス新書) 池上 彰 (著) – 2007/4
  • 悩む力 (集英社新書) 姜 尚中 (著) – 2008/5
  • ヤンキー進化論 (光文社新書) 難波 功士 (著) – 2009/4
  • 聞く力―心をひらく35のヒント(文春新書) 阿川 佐和子 (著) – 2012/1
  • 本を読む人のための書体入門 (星海社新書) 正木 香子 (著) – 2013/12