正直になれない大学生ブログ

趣味、鬱憤、等々つらつら書いていく。そんなブログ。

死というものについて

死の壁 (新潮新書) 養老 孟司 (著)

 
 「◯◯の壁」。ちょうど流行していた時期に私もにバカの壁を購入して読んだ。
 本書はその「バカの壁」の続きと思ってもらえれば差し支えないと思う。
 
 死というものを解剖学者の視点から説明し、暴論のような主張もところどころで見られるが、マクロな視点で書かれており、小難しい内容を砕いた文章でとても読みやすい。
 
日本メンバーズクラブ
 日本には独特の「メンバーズクラブ」が存在する。それは歌手のメンバーズクラブやジャニーズのファンクラブのようなものではなく、人間として存在の「メンバーズクラブ」である。どういうことかというと、死んだ人間は人間ではないと割り切ってしまうことだ。それを日本の死を「メンバーズクラブ」の脱退と例えたのがおもしろい。
 アメリカでは、死体がその人物そのものと考えるため土葬であるが、日本では、死んだものは魂として肉体から抜け出すと考えるため、現代では火葬が主である。
 死ぬと、暗黙の了解として、「死んだ奴は我々の仲間ではない」の「共同ルール」に照らして、「メンバーズクラブ」から脱退させるのだが、アメリカから見ると、とても異質に見えるようだ。
 少し前、日本の脳死問題(臓器移植問題)が大事になったが、結論として、「脳死は死ではないが、臓器移植は可」というものになった。これは、「脳死は死であり、臓器移植は可」となるのが理論的には正しいはずだが、「共同のルール」から考えて、矛盾が生まれないための苦肉の策であった。
 
人を殺してはいけない理由はすなわち、「壊れたら二度と作れないもの」 
 人間を機会のような壊れても直すことができると錯覚している人々が多い、と著者は指摘するが、実際そうとは思えない。直せないことなんて自明の事実であるから。しかし、そうであったとしてももしかしたらもう錯覚に陥っているのかもしれない。
 人間はもともと(今もそうだが)自然の一部であって、人間(動物、植物も)を殺すことは自然を壊すことになるため、人々は常に罪の意識を感じているのが普通であるという論理を展開する。
 そして、エリートと呼ばれる(例えば政治家や軍の幹部)人はその下の人間(国民や隊員)を統率する立場にあり、そのことを強く意識していないとならない。国民であったり、社員であったりの命を預かっていることを意識する必要がある。最近のエリートはそのあたりの意識が欠けてているようだ。
 また、エリートに物事を任せる我々も、「任せている」ということに対して罪の意識を持たねばならない。

 

印象に残った言葉

「死は不幸だけれども、その死を不幸にしないことが大事なのです。『死んだら仕方がない』というふうに考えるのは大切なことなのです。」

 

死の壁 (新潮新書)

死の壁 (新潮新書)

 

今週読んだ本
  • 死の壁 (新潮新書) 養老 孟司 (著) – 2004/4
  • 女性の品格 (PHP新書) 坂東 眞理子 (著) – 2006/9
  • 「婚活」時代 (ディスカヴァー携書) 山田 昌弘 (著), 白河 桃子 (著) – 2008/2
  • 脳に悪い7つの習慣 (幻冬舎新書) 林 成之 (著) – 2009/9
  • だから、新書を読みなさい(サンマーク出版) 奥野 宣之 (著) – 2009/9
  • つながる図書館: コミュニティの核をめざす試み (ちくま新書) 猪谷 千香 (著) – 2014/1
  • 新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方 (文春新書) 池上 彰 (著), 佐藤 優 (著) – 2014/11