正直になれない大学生ブログ

趣味、鬱憤、等々つらつら書いていく。そんなブログ。

京都のいやらしさ

京都ぎらい(朝日新書) 井上章一 

 

 長年、洛中の人々から、洛外扱いを受けてきた筆者の恨み節が自身のエピソードと絡んで飽きなかった。

 おそらく1章の「洛外を生きる」が一番面白いのではないかと思う。タイトルもここに集約されていると言っても過言ではない。


 …ただ新書大賞を取るほどかと言われれば疑問。

 

京都に多額の寸志

 再三、筆者は京都が鼻を高くするのが東京のせいだと主張する。そしてその弊害をいくつか紹介しているのだが、私がひどいなと思ったのが、寺へ取材に及ぶ際には、出版社が寸志をつつむことが暗黙の了解になっていることだ。しかも、その金額が一点につき3万円程度というから驚きだ。肖像権や意匠権はないはずなのに。

 寺に、たとえ、法的に勝てるとしても、撮影を拒否されたら元も子もないので、志納金を払うしかないのだ。また、志納金には定価がないのが怖いところで、有名な寺になればなるほど高額になっていく。

 そうなると、お金を払えないような出版社や経費を抑えたい出版社は、寺や庭の写真をイラストであしらうしかなくなる。

 他にも、拝観料の話もあるが、とにかく京都などの有名な寺々はどんどん儲ける。もちろん、浄財(という定)なので行政は税金を取ることもできない。

 

 これらには、ひどい話もあったもんだと思ったが、全てが”らしい”というものなので、全部を全部受け入れないこと。


結局京都好き

 なんだかんだ結局筆者は京都が好きなんだろう。出身の嵯峨(在住の宇治)が洛外扱いされていることに憤慨して、あらゆる歴史観をほじくりまわして洛中に一矢報いろうとしてる。しかし、最後のあとがきで、『そもそも、七に「しち」という読み方がありうると、私はながらく思ってこなかった(中略)私の信じる「ひち」は、国家権力の手先により、弾圧されたのだ』と筆者自身が東京とは違うのだという中華思想を持っている。

 <さげすまれてきた「洛外人」が京都人のえらそうな腹のうちを”暴露”>と本の裏側に書いてあり、「京都人の腹のうちを暴露」という意味では正しかった。

 

 主題が差別という声もあるようだが、この本を読んで、そこまで深刻に捉えることはできなかった。

 

印象に残った言葉

「シャカの想いを理解するためには、いやというほど女をあじあわなければいけない」

 

京都ぎらい (朝日新書)

京都ぎらい (朝日新書)

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