正直になれない大学生ブログ

趣味、鬱憤、等々つらつら書いていく。そんなブログ。

嫌われる勇気

 赤の本と青の本、両方で1セットみたい。よく電車の広告で見た方も多いとは思います。
 自己啓発本だし、買うほどでもないかなって思った(偏見かも)ので、友達から借りて読みました(青の方)。結論から言うと、新しい発見が出来て良かったです!
 
 このアドラーさん(解説:古賀史健さんと岸見一郎さん)の意見には、理論的には分かるけどなんだか腑に落ちないものが多かった。「まあ分かる」というのが約50%、「いやいやいや…」というのが約50%で半々でした。本当に理論的には正しいんですよ。その通りなんですよ泣
 
 この本は不満を持つ青年と哲人の対話形式で進んでいくのですが、終始青年と同意見でした苦笑 
 
 
 気になったのは2点。目的論と課題分離です。
 
 1つ目、目的論から。
 例えば、病院に予防注射を打ちに行った私は、注射針を見てクラクラし、注射を打てなかった状況があるとします。この場合、過去にトラウマがあり、針を見るだけで眩暈がする→注射を受けられない。これが「原因論」です。逆に、注射を打ちたくない→眩暈を起こす。これがアドラーの言う、「目的論」です。原因論とは、過去に縛られていて前に進めていないことで、アドラーはそれを目的論に変えると、未来は変えられると主張している。
 
 2つ目、課題分離。
 課題分離とは、自分の課題を超えて他人の課題にまで干渉しようとせず、自分の課題と他人の課題を分けて生きることです。
 例えば、ヘビースモーカーの友人がいるとします。この友人に健康に悪いからタバコを止めさせようとあらゆるデータを使って説得します。しかし、ここで続けるか止めるかを決めるのは友人なのです。つまり、この決断は私の課題ではなく、他人の課題なわけです。もしここで、友人がタバコを止めず、そのことで私がくよくよ悩んだりするのはお門違いなのです。人間関係で考えると、誰かに好かれるとか、嫌われるとかそんなことも他人の課題なわけで、自分にはどうしようもないこと。ざっくり言うと、自己中心になれ。そう理解しました。
 
 
 
 アドラーは、原因論ではなく、目的論。過去ではなく、未来を。変わりたいのなら、原因論から抜け出すことが良いのかもしれませんね。赤の方はまだ読み終わっていないみたいなので、今度貸してもらおっと。
 
 
 
…かなり自分的解釈が多くなってしました汗 
 
 
嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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