正直になれない大学生ブログ

趣味、鬱憤、等々つらつら書いていく。そんなブログ。

その可能性はすでに考えた

聖女の毒杯  井上真偽

 

 

 主人公ウエオロの決め台詞がタイトルとなっている「その可能性はすでに考えた」の続編が出ていた。その名も「聖女の毒杯」。
 今回もパターンは同じで、様々な人物の推理をウエオロがあらゆる可能性を潰し、奇蹟であると証明するのが本作(前作も)のスタイル。キーワードは本のあらすじにも書いてある通り”毒”だ。この毒を軸に推理を展開していく。
 
 物語の前半ではウエオロの弟子である八ツ星を始めとし、残された遺族達も推理を披露し、八ツ星自身がそれぞれの推理を検証していく。八ツ星は小学生であるのだが、周りの優しい大人たちは推理(ごっこ)の相手してあげていたり、やたら推理が好きであったりするのが少し可笑しかった。『アンチミステリではない。ただの奇蹟だ。』という帯が巻かれていたが、私はこういった部分がアンチミステリではないかと感じる。
 後半は真打のウエオロが出てくるのだが、八ツ星が手こずっていた推理もなんなく否定してしまう。安心感がすごかった。舞台は、マフィアの巣窟のような場所に移るのだが、そこで展開される推理は現実的に理解しがたいものばかり。アルセニック・イーターだとか、蒸発現象だとか…。心理学や諸現象にまで触れる。すべてが「悪魔の証明」。やったことよりやらなかったことを証明する方が難しいのだ。それらの可能性をすべて否定していく作業は程遠いなと他人事ながらに感じた。
 物語の終盤に事件の真実が語られるが意外なものだった。いや、これまでの推理が小難しかったためにそう感じただけかもしれない。よくよく考えるととても単純なことだった。
 
 あらすじに関しては少々物足りなく感じたり、展開に追いつけないと感じることもあるだろうが、トリックが奇想天外なものも多いので、そこだけでも読んでみる価値はあると思う。
 また、合間合間に、事件現場の図や事件のスケージュール表が記載されているので、読みながら登場人物たちのように推理してみるのも面白いかもしれない。いろいろと制限(物を庭に埋められないだとか、防犯カメラがあるだとかそういうもの)がかかっているので、そこまで苦にはならないだろう。
 
 ある事件に関してすべての可能性をすべて否定しつくすことはかなり難しい。提案する側は可能性を示すだけで良いが、否定する側は論理的に納得させなければならないのだ。ウエオロが奇蹟を証明するのはいつになるのだろう。