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正直になれない大学生ブログ

趣味、鬱憤、等々つらつら書いていく。そんなブログ。

肩の力を抜いて生きてく重要性 

雑記 鬱憤

 とある準備が先日学校であったんですが、まじめに働きすぎることも悪いことだなぁと感じました。

 学校である準備っていったらもう学祭準備くらしかないんですけど…ね汗





 今年は、自分のサークルは何も出店しなかったので準備がなく、学部の方の準備に駆り出されてしまいました。(去年だったらサークルの方に逃げてます)


 
 うちの学部では、学祭で作品を展示するのですが、その土台などの設置を学祭前日に行いました。設置に伴い、先生方や先輩方が作った設計図をもとに土台を作っていくのですが、準備に集まったその日にすぐ組み立てとなるので、詳しい説明がないまま、「こんな感じね」と放り出されます。まあ、ここまでは別に良しとしますが、問題はこのあと。せっかく手伝いに来てくれた人たちにむかっても少しでも違ったりすると、数人の生徒が語気を荒げ、強めの口調で指示。なんだか周りで聞いているこっちまで不愉快になりました。

 もちろん相手の言い分もあると思うんです。前々から構想して準備してたものだからきちんと仕上げたい、そういう気持ちがあると思うんです。だけど、そんな強い言い方をしなくてもちゃんと相手に伝わるし、丁寧に指示出してあげたら良い。なんか強く言われた方もやる気無くし、聞いてる周りの人も積極的に手伝いにくくなると思うんですよね。

 そう振舞うのは、「学祭準備こんながんばってますよ俺、すごいでしょ?」感でも出したいのかな。絆だー、愛だー、仲間だー、とか………。


っまあ、こんなことを心の中では思いつつ、他の人たちが不満を漏らしているのを聞くと、「いろいろあるんじゃない?」とか「大変なんだよ」とか言って偽善者振る自分もどうかと思いましたがね。人が愚痴や悪口を言っている時に賛同できずに一歩引いて俯瞰したりよくします。自己欺瞞です。はい。





 とあるブログで 闘う>変える>耐える の順番でエネルギーを使い、一番消費エネルギーが少ない耐えるが続くと、諦めが恒常化しちゃうという記事を見ました。ここで思うのは、今日は別ルートとして<逃げる>を選択しても良かった気がします。実際にサボった人や、早く帰った人もいましたし、完全にサークルに潜るっていう人(去年の私)も結構いましたし。こういうとこで踏ん張っちゃうのは絶対によくないことだと実感しました。準備が終わった最後に来て、「みんなでがんばったね!」とか言い出す輩も出てきそうだね。
 最近は専ら諦めに慣れてそう…です。







 こんな記事書いている私、クズだなって思いました。いつからこうなった? 昔からこういう性質はあったのかも。ある心理テストでは、短期で陰気って結果も出ましたし。要するに、根暗が学祭浮かれてる組に嫉妬し、イライラしてるってことですね。こんなこと気にもしなかったのに学祭でこう感じたのは何故? 誰かに触発された?
 しかし、きっと明日にはこのモヤモヤも消えて無くなっていることでしょう。