正直になれない大学生ブログ

趣味、鬱憤、等々つらつら書いていく。そんなブログ。

前半の青年のように怒鳴りたい

幸せになる勇気 (ダイヤモンド社)  岸見 一郎 (著), 古賀 史健 (著)

 

 「人間にとっての幸福とは何か?」という大きな問いを考え抜いていていくために、「過去の否定」、「課題の分離」、そして「交友」「信頼」「愛」へとテーマを移していく。
 『嫌われる勇気』の続編であり、嫌われる勇気でアドラー心理学を知った人たちへ「コンパス」としての実践編である。
 前半は学校教育を多く例に出し、後半人生を論じることに終始する。

 

目次

第1部 悪いあの人、かわいそうな私
第2部 なぜ「賞罰」を否定するのか
第3部 競争原理から協力原理へ
第4部 与えよ、さらば与えられん
第5部 愛する人生を選べ

 

幸せになること

 「幸せになること」それは、貢献感を得ることである。
 人間には、もともと共同感覚というものが存在し、それを掘り起こしていくと、幸せを感じることができるという。そして、人間の眠っている共同感覚にたどり着くためには、愛することが必要であり、その愛は、他人を1人の人間として尊敬することが肝要である。
 尊敬することは、他人に対する無償の信頼が必要だし、信頼するということは、「他人を信頼した自分」を信頼すること、すなわち自立することを意味し、自立は他人との相対的価値で測るものではなく、自分というものを自分以外の何者でもないとし、絶対的価値で認めることである。

 

<内容のあたま整理用>
* 自立=尊敬=信頼
* 信頼→愛すること
* 愛すること→共同感覚=貢献感
* 貢献感→幸せ

 

理論はわかるのだけど

 「課題の分離」、「これからどうするか」をまず考える、「無償の信頼」、「賞罰を与えない」など、これらのことが達成できれば、今の自分を変えることができるのだろうが、それを達成することは難しいし、苦しい。
 過去に囚われ、他人の承認を欲してまう。アドラー心理学なんて理想論だ! と投げ出してしまいたくなる。
 しかし、本書にある通り、アドラー心理学を知ってしまえば、後戻りできない。理想論だとは思いつつ、アドラー心理学ではこうだった…と気にしてしまう「劇薬」なんだなあと実感してしまうのであった。

 

印象に残った言葉

「すべての悩みもまた、すべて対人関係の悩みである」

「すべての喜びもまた、すべて対人関係の喜びである」

 

幸せになる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

幸せになる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教えII

 

今週(先週)読んだ本

  • 日本のデザイン―美意識がつくる未来 (岩波新書) 原 研哉 (著) – 2011/10/21
  • 蚊がいる (ダ・ヴィンチブックス) 穂村弘 (著) – 2013/9/10
  • もしもし、運命の人ですか。 (角川文庫) 穂村 弘 (著) – 2017/1/25
  • もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら(宝島社) 神田 桂一 (著), 菊池 良 (著) – 2017/6/7
  • パッとしない子 (Amazon Publishing) 辻村 深月 (著) - 2017/7/14
  • 本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~第四部「貴族院の自称図書委員I」(TOブックス) 香月美夜 (著), 椎名優 (イラスト) – 2017/12/9

 

本で旅行する

表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬 若林 正恭 (著)

 

 最後に泣くことはできなかったが、心に重く突き刺さるものがあった。

 日本のシステムとは違うシステムの国を見てみたい思いから、著者単身で、社会主義国キューバへ向かう。

 「旅っていいな」では終わらせない、どこか物悲しく、でも最後は前向きになれる旅行記エッセイ。

 

目次

El primer Dia

El segundo Dia

El tercer Dia

 

旅行体験感が味わえる

 羽田圭介さんの書評で、「実際に旅行した気分になれる」という記述があった(と思う)が、旅を始める経緯、空港や飛行機内、現地での行動、そして帰国の飛行機着陸の心情描写に、自分が旅行したと錯覚してしまった。


 海外でたくさんのことを体験しても、結局は日本に住んでいるうちにその「生(なま)」の経験が薄れていってしまうというオチではない。

キューバに行ったのではなく、

東京に色を与えに行ったのか。

だけど、この街はまたすぐ灰色になる。

  と、日本を灰色の街と例え、海外へ旅行することは、自分に色を与えるものであると表現する。

 私が感じていた、海外旅行後に感じるはっきりとしない「今までいた自国」と「帰ってきた自国」での違和感をまさに言語化してくれた。


 全部で27節に分けられており、”若林フィルター”がかかった文章をニューヨーク、キューバの旅行記で堪能できる。
 前半は資本主義の日本から離れ、社会主義の国へ向かう旅行記ではあるのだが、後半でキューバへ向かった本当の理由が明かされる。それが第1の理由かどうかはわからないが、少しはその気持ちがあったのは間違いないのだろう。

 

 

今週(先週)読んだ本

  • ヤリチン専門学校 ‾ゼロ年代のモテ技術‾ (アフタヌーン新書) 尾谷 幸憲 (著) – 2009/4/9
  • 編集者の仕事―本の魂は細部に宿る (新潮新書) 柴田 光滋 (著) – 2010/6/1
  • 幸せになる勇気―自己啓発の源流「アドラー」の教えII (ダイヤモンド社) 岸見 一郎 (著), 古賀 史健 (著) – 2016/2/26
  • メディア分光器: ポスト・テレビからメディアの生態系へ (東海教育研究所) 水島 久光 (著) – 2017/3/23
  • 表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬 (KADOKAWA) 若林 正恭 (著) – 2017/7/14

ものとしての本、読むための電子書籍

本は、これから (岩波新書) 池澤 夏樹 (編著)

 

 電子書籍が発展し始めた時代に、ジャーナリスト、カメラマン、書店長、社長、図書館関係者などの著名な 36人もの人たちが「本のこれから」を語る。

 それぞれの意見や文体に特徴があっておもしろいが、概ね三つの意見に分かれる。

  • 電子書籍は本ではない、続かないとする立場
  • 本と電子書籍お互いに良いところがあるとする立場
  • 本はなくなるとする立場

 私には、本の収集癖があるため(過度な場合を書痴という)、本は必要だ。本棚に収まっていく過程が楽しみで、どうしても買ってしまう。
 上野千鶴子の『書物という伝統工芸』で、「書物はなくならない、今度は『伝統工芸』として」とあるが 、そのうち装丁、帯、はたまたしおりまで収集する癖がつくかもしれないと最近考えるようなった。


 だが、最近では、電子書籍があれば便利だなあとも思うようになった。
 毎日、本がカバンに入っていないと落ち着かないという理由から、新書1冊、小説1冊、四六版以上の1冊を入れた、なかなかの重さになるカバンを持ち歩き、大して読みもしない日が多い現状に、ストレスが溜まっている。
 これが、電子書籍だったら本がない不安に襲われず、荷物を軽くして過ごせるであろう。

 

 目に優しいと言われるkindlekoboを買おうか迷う。

 本の収集癖は、やめられないだろうから、電子書籍を読み、本を貯めるというような生活スタイルができあがるんだろうか。

 

 2010年にこれだけ様々な意見が出てざわざわしていたが、現在でも本はなくなってはいない。書籍売上が年々落ちているというデータをよく見るが、何年かに一度は上がっている。ということはまだまだ書籍は安泰なのではないのだろうか。というのが私の意見だ。

 安直だ! という意見は受け入れる(笑)

 

最後に一言

電子書籍批判の際に、子供相手のゲームのようだ、という記述が見られることがあるが、陳腐すぎやしないか」

 

本は、これから (岩波新書)

本は、これから (岩波新書)

 

今週読んだ本(+先週読んだ本)
  • 新・本とつきあう法―活字本から電子本まで (中公新書) 津野 海太郎 (著) – 1998/4
  • 「人間嫌い」のルール (PHP新書) 中島 義道 (著) – 2007/7/14
  • 本は、これから (岩波新書) 池澤 夏樹 (編著) – 2010/11/20
  • ひとりぼっちの辞典(清流出版) 勢古浩爾 (著) – 2017/5/17

長文圧迫ライン

ある日、電車に乗っているときのこと
 
ふと目の前のOLに目をやると、なにやらラインの通知。
OLメッセージを開くと、そこには何行にもつらなった文章が。
 
「相手の気持ちも考えないの?」
「そういうところよくわかんない」
 
そんな言葉が目に入ってきた。
 
こういう時、OLとその相手が喧嘩しているな、程度のこととは思えなくなってしまう。
口で言えば、喧嘩という些細なこと(些細ではないが)になるが、文章という重みを感じると、それが途端に恐ろしく、自分の身では受け止めきれないような錯覚に陥る。
 
長文ラインのあの圧迫感はなんなのであろうか。
今まで日頃溜めていたのであろう鬱憤や怒りが一気に押し寄せてくるからだろうか。直接言えなかったという事実が、さらに重大さを際立たせる。
見ている私も、爽やかではないドキドキ感に気圧されてしまった。
 
また、この長文ラインは、はじめに「長文圧迫」のパンチが一発入る。
ここで、致命傷を受ける人もいるだろうが、耐えねばならない。まだ、「内容」のパンチが残っているからだ。
長文ラインの悪いところは、ダメージ量が2倍になることである。
 
よく考えてみると理不尽である。私が相手を1ダメージ傷つけたら、相手は「長文圧迫ライン」を使って2ダメージ傷つけてくるのだ。
そんなことがあっていいのか。
 
 
そのOLは約5分ほど(2駅間ぐらいだったか)スマホを眺め、そっと閉じた。
 
 
このあと、長文ラインでやりかえしたのか、会って話し合ったのか。
長文合戦を見ていたいような気もするが、見てみたくないような気もする。
 
 
 
p.s. もっとダメージを与ようと事を考えてしまうのは、心が荒んでいる証拠だ。
 

メディアとジャーナリズム性とpv稼ぎのネコ

ネコがメディアを支配する(中公新書ラクレ) 奥村 倫弘 (著)

 

 「人の話を聞き、分かりやすく伝える」という原点回帰の重要性を「速さ」を重視するネットメディアと「粘り」を大切にする伝統メディアの対比で論じる。

 伝統メディアとは、取材、執筆、編集、校正・校閲、編集が独自のノウハウによってできあがった新聞を始めとするジャーナリズム性のある媒体を指す。

 記者クラブや幅広い取材網、「独立性」、「組み合わせる力」、さらに一人一人の矜持があるかが、ネットメディアと大きく違う点だ。

 

 その反面、ネットメディアは、よく信頼性がないと言われるが、実際、論文を書くにしても、やはりネットの情報は使いにくく感じる。

 もちろん速報性という利点はあるが、pv至上主義となっている現状や、断片の情報を「早く知らせたい」という「感情」の発信は、信頼性のある情報という立ち位置を得ることはできない。

 

 ネットメディアが知的情報という点から、発展し、退化していく様を最近のWELQの閉鎖からアフィリエイト広告、震災における各メディアの対応を具体的例として示しながら、これからのメディアに求められるものは何かを問いた一冊。

 

印象に残った言葉

「人が心底、腹を立てるのは、意見の相違がある人と話をするときよりも、聞く耳を持たない人、もしくはうそをつく人と話をするときです。」

 

 

今週(先週)読んだ本
  • 適性―進学・就職・結婚 (1980年) (中公新書) 続 有恒 (著) – 1980/1
  • メディア社会―現代を読み解く視点 (岩波新書) 佐藤 卓己 (著) – 2006/6/20
  • ネコがメディアを支配する-ネットニュースに未来はあるのか (中公新書ラクレ) 奥村 倫弘 (著) – 2017/5/8
  • スマートメディア―新聞・テレビ・雑誌の次のかたちを考える (デコ) 中村 滋 (著) – 2010/12/12