正直になれない大学生ブログ

趣味、鬱憤、等々つらつら書いていく。そんなブログ。

ものとしての本、読むための電子書籍

本は、これから (岩波新書) 池澤 夏樹 (編著)

 

 電子書籍が発展し始めた時代に、ジャーナリスト、カメラマン、書店長、社長、図書館関係者などの著名な 36人もの人たちが「本のこれから」を語る。

 それぞれの意見や文体に特徴があっておもしろいが、概ね三つの意見に分かれる。

  • 電子書籍は本ではない、続かないとする立場
  • 本と電子書籍お互いに良いところがあるとする立場
  • 本はなくなるとする立場

 私には、本の収集癖があるため(過度な場合を書痴という)、本は必要だ。本棚に収まっていく過程が楽しみで、どうしても買ってしまう。
 上野千鶴子の『書物という伝統工芸』で、「書物はなくならない、今度は『伝統工芸』として」とあるが 、そのうち装丁、帯、はたまたしおりまで収集する癖がつくかもしれないと最近考えるようなった。


 だが、最近では、電子書籍があれば便利だなあとも思うようになった。
 毎日、本がカバンに入っていないと落ち着かないという理由から、新書1冊、小説1冊、四六版以上の1冊を入れた、なかなかの重さになるカバンを持ち歩き、大して読みもしない日が多い現状に、ストレスが溜まっている。
 これが、電子書籍だったら本がない不安に襲われず、荷物を軽くして過ごせるであろう。

 

 目に優しいと言われるkindlekoboを買おうか迷う。

 本の収集癖は、やめられないだろうから、電子書籍を読み、本を貯めるというような生活スタイルができあがるんだろうか。

 

 2010年にこれだけ様々な意見が出てざわざわしていたが、現在でも本はなくなってはいない。書籍売上が年々落ちているというデータをよく見るが、何年かに一度は上がっている。ということはまだまだ書籍は安泰なのではないのだろうか。というのが私の意見だ。

 安直だ! という意見は受け入れる(笑)

 

最後に一言

電子書籍批判の際に、子供相手のゲームのようだ、という記述が見られることがあるが、陳腐すぎやしないか」

 

本は、これから (岩波新書)

本は、これから (岩波新書)

 

今週読んだ本(+先週読んだ本)
  • 新・本とつきあう法―活字本から電子本まで (中公新書) 津野 海太郎 (著) – 1998/4
  • 「人間嫌い」のルール (PHP新書) 中島 義道 (著) – 2007/7/14
  • 本は、これから (岩波新書) 池澤 夏樹 (編著) – 2010/11/20
  • ひとりぼっちの辞典(清流出版) 勢古浩爾 (著) – 2017/5/17

長文圧迫ライン

ある日、電車に乗っているときのこと
 
ふと目の前のOLに目をやると、なにやらラインの通知。
OLメッセージを開くと、そこには何行にもつらなった文章が。
 
「相手の気持ちも考えないの?」
「そういうところよくわかんない」
 
そんな言葉が目に入ってきた。
 
こういう時、OLとその相手が喧嘩しているな、程度のこととは思えなくなってしまう。
口で言えば、喧嘩という些細なこと(些細ではないが)になるが、文章という重みを感じると、それが途端に恐ろしく、自分の身では受け止めきれないような錯覚に陥る。
 
長文ラインのあの圧迫感はなんなのであろうか。
今まで日頃溜めていたのであろう鬱憤や怒りが一気に押し寄せてくるからだろうか。直接言えなかったという事実が、さらに重大さを際立たせる。
見ている私も、爽やかではないドキドキ感に気圧されてしまった。
 
また、この長文ラインは、はじめに「長文圧迫」のパンチが一発入る。
ここで、致命傷を受ける人もいるだろうが、耐えねばならない。まだ、「内容」のパンチが残っているからだ。
長文ラインの悪いところは、ダメージ量が2倍になることである。
 
よく考えてみると理不尽である。私が相手を1ダメージ傷つけたら、相手は「長文圧迫ライン」を使って2ダメージ傷つけてくるのだ。
そんなことがあっていいのか。
 
 
そのOLは約5分ほど(2駅間ぐらいだったか)スマホを眺め、そっと閉じた。
 
 
このあと、長文ラインでやりかえしたのか、会って話し合ったのか。
長文合戦を見ていたいような気もするが、見てみたくないような気もする。
 
 
 
p.s. もっとダメージを与ようと事を考えてしまうのは、心が荒んでいる証拠だ。
 

メディアとジャーナリズム性とpv稼ぎのネコ

ネコがメディアを支配する(中公新書ラクレ) 奥村 倫弘 (著)

 

 「人の話を聞き、分かりやすく伝える」という原点回帰の重要性を「速さ」を重視するネットメディアと「粘り」を大切にする伝統メディアの対比で論じる。

 伝統メディアとは、取材、執筆、編集、校正・校閲、編集が独自のノウハウによってできあがった新聞を始めとするジャーナリズム性のある媒体を指す。

 記者クラブや幅広い取材網、「独立性」、「組み合わせる力」、さらに一人一人の矜持があるかが、ネットメディアと大きく違う点だ。

 

 その反面、ネットメディアは、よく信頼性がないと言われるが、実際、論文を書くにしても、やはりネットの情報は使いにくく感じる。

 もちろん速報性という利点はあるが、pv至上主義となっている現状や、断片の情報を「早く知らせたい」という「感情」の発信は、信頼性のある情報という立ち位置を得ることはできない。

 

 ネットメディアが知的情報という点から、発展し、退化していく様を最近のWELQの閉鎖からアフィリエイト広告、震災における各メディアの対応を具体的例として示しながら、これからのメディアに求められるものは何かを問いた一冊。

 

印象に残った言葉

「人が心底、腹を立てるのは、意見の相違がある人と話をするときよりも、聞く耳を持たない人、もしくはうそをつく人と話をするときです。」

 

 

今週(先週)読んだ本
  • 適性―進学・就職・結婚 (1980年) (中公新書) 続 有恒 (著) – 1980/1
  • メディア社会―現代を読み解く視点 (岩波新書) 佐藤 卓己 (著) – 2006/6/20
  • ネコがメディアを支配する-ネットニュースに未来はあるのか (中公新書ラクレ) 奥村 倫弘 (著) – 2017/5/8
  • スマートメディア―新聞・テレビ・雑誌の次のかたちを考える (デコ) 中村 滋 (著) – 2010/12/12

事件が起こる前に解決すれば万事おーけー

探偵が早すぎる (講談社タイガ) 井上 真偽 (著)

 

 さすが、井上先生。
 『その可能性はすでに考えた』では、あらゆる可能性を排除し、奇跡を証明するというテーマであったが、今回は、事件が起こってから解決するのではなく、事件が起こる前に解決してやろうという推理小説だ。

 

あらすじ

 本作の主人公である一華は、父の死をきかっけに莫大な遺産を得るが、それにより大蛇羅一家から命を狙われるはめに。
 爆殺、圧殺、毒殺…、ありとあらゆる犯罪が大蛇羅家によって仕掛けられるが、実行前に探偵により見抜かれ、「トリック返し」によって成敗されていく。
 「百花繚乱の完全犯罪トリックvs.事件を起こさせない探偵!」

 

大蛇羅家vs「トリック返し」

 大蛇羅家お人々は、偏食家の集まりで、フルーツしか食べない、お菓子しか食べない…、そんな人ばかり。加えて人間性もなかなかえげつない。第2子長女の朱鳥に至っては、子供を捨て駒扱いし、それを不思議にも思わない子供たち。すべてが狂気じみている。

 そんな大蛇羅家の人々が仕掛ける罠を、逆に罠を仕掛けてその「トリック」を返す探偵の「トリック返し」が炸裂する。(そのまんま笑)
 犯人が必死に考えた犯罪計画を、赤子の手をひねるが如く、粉砕していくその様は、なかなか爽快で、読んでいて気持ちが良い。


 下巻では、上巻を凌ぐ犯罪(計画)数で、休む暇を与えずに犯罪未遂が起こる。
 テンポが良い反面、ミステリー小説としての丁寧さがやや欠けていたが、上巻では得足りなかった爽快感が味わえたので満足。

 

 また、一華殺しに参加しない三男竜精と四男貴人のやりとりがたびたび出てくるのだが、客観的に見ている様が、他の大蛇羅家の人々よりも血の気がなく、和む。ギャグポジ?笑

 

 少し味わいの違う推理小説を読んでみたいあなたにはオススメかもしれない。

 

 

探偵が早すぎる (下) (講談社タイガ)

探偵が早すぎる (下) (講談社タイガ)

 

今週(先週)読んだ本

常識

「常識的に考えて」という言葉は恐ろしいと思う。

 

私は最近バイトを始めたのだが、教えられたことを精密にこなしていたら、「常識的に考えてありえない」と言われた。

今まで生きてきたすべてが全否定された気がした。生まれてから歩んできたこの人生がまるで、最初から無かった、そのくらいの衝撃を受けた。

 

「常識的に考えて」は「常識がない」ことを意味している。
だから、その言葉を言う人々は、社会に適応してきて、今なお、適応し切れているように感じる。

 

失笑や呆れられるのは、それはそれで、悲しいが、「常識的に考えて」の方がはるかに恐ろしい。

 

「お前、よく今まで生きてこれたな」もある意味では、「常識的に考えて」と同じだが、前者の方が、己の道を突き進んだ結果として今の個人がある、というような肯定さがあって良い。
また、前向きな印象があって輝かしい。

 

そういえば、こないだ友人との会話で、カラオケの予約キャンセル電話をしないやつにに「お前、常識的に考えておかしい」っ言ったことを思い出したが、それは常識的に考えておかしいと断言できる。

 

なぜ断言できるか? それはわからないが常識なのだからしょうがない。